「総社文学」2021 Summer(Vol.186) 7月1日発行
【編集後記】
文学表現において、作者の念頭にある物語を読者へ正確に伝えることは不可能である。
例えば「夕日が赤い」という表現は、この時作者が描こうとしている夕日の「赤」そのものを十全に表してはいない。
日本の伝統色としての「赤」は約五百種類あると言われている。「夕日が赤い」という文を読んで読者が感じた「赤」と作者が伝えようとした「赤」が完全に同じものになるという保証はどこにもない。
作者は文字の選択と組み合わせによって作品を構築しようとする。しかし、完成する作品は文字という記号の羅列に過ぎない。それは紙上に残された「インクの染み」なのである。
読者がそれらの記号をもとに思い思いに想像を膨らませることが鑑賞行為である以上、作品が作者の思い通りに鑑賞されることはまず無い。
作品は、作者の手を離れた瞬間から一人歩きを始めるのだ。(矢吹)